2012.03.30 Friday
プラトンのアカデメイア
古代から九百年存続し、西洋の学校、大学の始まりといわれるアテネ郊外にある
プラトンのアカデメイアの跡地を訪れました。
一般のガイドブックには地図はおろか名称すら掲載されておらず、案内慣れした
ホテルのフロントマンにも知らないと言われ、やむなく以前見た廣川洋一著
『プラトンの学園 アカデメイア』の地図のおよその記憶とバス路線図を頼りに
オモニア広場から迷いつつ歩き出しました。途中街のおじさんやおばさん十数
人に道順を尋ねましたが、わからないと言われたり、ここがプラトンだと通り
を指して言ったり、誰も明確な答えをくれず、表示がないので周囲を徘徊し、
たどりつくまでおよそ二時間強かかりました。
そもそも観光スポットを少し逸れるだけで英語が通じない。しかしなぜかイタ
リア語は通じる場合がある。現代ギリシャ人は西欧文明の起源とされるギリシャ
古代哲学よりもキリスト教のドグマのほうが身近なんでしょうか。ピタゴラスや
パルメニデスが南イタリアを拠点としていたこと、後のマグナ・グラエキアなどを
思うと地政学的にもギリシャとイタリア間の往来は現代非西欧人が想像するほど
遠くはなく、古代期は溶け合っていたのかもしれません。
肝心の史跡ですが、ただ石が散らばっているだけ。観光客は一人もおらず、犬の
散歩をする近所の老人のみ。事前情報がないとここが何の跡なのか不明な地味な
遺跡です。アリストテレスが学び、プラトンが思索し亡くなった哲学の聖地である
にもかかわらず、常時観光客が押し寄せるパルテノンやアゴラに比べその整備の
乱雑さ、荒廃ぶりに驚かされます。
しかし繰り返し修復され続け人工的に保たれている豪華な建造物よりも、歴史の
古層とその近辺に住まう現在の人々の共存の姿を見るのが一つの喜びで、今回も
史跡そのものより、そこへ辿り着くまでに目にした情報化できない生きた風景や
人々の表情こそ貴重な体験と記憶を与えてくれました。
つづく
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