2020.01.10 Friday

    

小さきものと原宗教感情

 この正月、たまたま母校である幼稚園を訪れることができ、同敷地内にある教会でミサにもあずかることができました。

自分の原点、長年「子ども」にこだわり続けてきた源泉がここにあることを再認し、至福の時を噛みしめることができました。

 「小さきもの」、「弱きもの」を慈しむ感性、いかなる信仰や思想を持っていようとも、単なる情緒に収まらないこの「原-宗教感情」のようなものは、人間を根底から揺さぶる力があるように思います。


            

2020.01.05 Sunday

    

接触と変容

 長く沈黙の中に居た為、安否レベルでご心配をおかけしているようなので、少しづつ書くようにします。

(サーバー管理不備で過去記事が消えてしまいましたが....。)


 この十数年来、何処にいてもインターネット利用は「Eメール使用のみ」を基調に、最小限に留め過ごしてきました。
電子空間で何かを知ろうとすると、天気予報や時刻表確認ですら、次々に割り込んでくる広告などの雑多情報に眩暈がするのです。この情報暴力はその時のみに限らず、暫くの間残存し精神を蝕んでいく実感があります。神経質過ぎると思われるかもしれません。また多くのものが自動化傾向にある中、選別パーソナライズすればいいと考えるかもしれませんが、その方策が鼬競なのは自明であり、個人化-安楽環境の構築は利用側の利己性を際限なく増長させていくものです。遠隔操作など時短環境は表向きの利便性が歓迎される一方、それらを利用する人間の内面を変容させ、時に荒廃させてしまうのではないでしょうか。

 



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